求めすぎる人々
求めよ、さらば与えられん。 聖書にはこんな一節がある。
現代、インターネットという世界で何かを求めればそれは容易に与えられる。
求められるのは情報だけではない。他人との触れ合い、理想の自分、権利、etc・・
ネットはもちろんそれに答え、与えていく。
今、ネットゲームの世界に「求めすぎる人々」が増えてきている。
彼らはネトゲ依存と呼ばれ、1日何時間も、酷い場合には一日中ゲームの世界に没頭する。
「ネットゲームには終わりが無いから」と言う人もいるかもしれない。
本当にそれだけだろうか？ 私には何か別の理由があるような気がする。
今回はその事を自分の体験や文献などに基づき考えていこうと思う。
なお、書くにあたり、私情は出来るだけ排したつもりである。
文才の無さから多少見苦しい点があるかもしれないが、ご容赦戴願いたい。
�� ネトゲ依存とは何か
まずは、ネトゲ依存とは何かというのを最初に考えなければならないだろう。ネトゲ依存とは、ゲームの中の仮想人格やコミュニティーに頼らなければ生活が成り立たない状態の事である。依存症の人間がゲーム世界と長い間断絶された状態にある場合、不安や焦り、酷い孤独などを感じて落ち着くことが出来ず、正常な精神状態を維持出来なくなってしまう。依存症に陥った人間は、楽しい楽しくないに関わらず、そのゲームを止めることが出来ない。
LogInする事が生きる上で必需となっている状態である。
�� 依存の原因とプロセス
人はなぜ依存状態に陥ってしまうのだろうか。ひきこもりの人間が寂しさからネットゲームに依存するだけと思われがちである。しかしそれだけでは依存症になる前にごく普通の社会生活を営んでいた人間の存在を説明することが出来ない。
よって、依存症に陥る原因は孤独の解消の他にも何かが有るように思われる。ここでは依存の原因とプロセスについて考えてみる事にする。
1、孤独の解消
人間には孤独を感じると脳内で不快を感じるノルアドレナリンという脳内物質が発生するメカニズムが備わっている。多かれ少なかれ誰しもが孤独を不快と感じるものなのである。そして孤独によって不快を感じると、一般人の場合これを解消しようとなんらかの形で他人と接触したり電話をしたりしてこの不快を取り除くのである。しかし「ひきこもり」状態の場合、自尊心やコミュニケーション能力の欠如が原因で、現実世界で他人との接触等により不快状態を解消することが出来ない。また、ひきこもりでなくとも、孤独を癒すという条件を満足する親密な交友関係が得られていない場合も同じである。こういった状態の場合、ゲーム内でのコミュニケーションに没頭する可能性がある。
彼らがゲーム内のコミュニケーションに没頭する理由として、親密な人間関係の構築のしやすさが挙げられる。親密な交友関係を築くには、双方の自己開示が重要となる。現実世界の場合、個人差はあれど、双方の本心を語り合うような状態になるには時間がかかる。しかし、ネットの世界では人は匿名性などから自己開示をしやすいという。要するに現実世界よりもネットの世界のほうが自分の心を打ち明けられるような親密な関係を作りやすいということになる。また、外見的コンプレックスを無視出来る点や、関係が悪化した場合は容易に逃避出来る点も重要であると思われる。
2、自己実現
前述の通り、孤独の解消だけでは依存の原因を説明しきる事が出来ない。もう一つ原因として自己実現が考えられる。「人はパンのみにて生きるに非ず」という言葉がある。つまり、睡眠欲や食欲といった生理的、身体的欲求が満たされる事だけでなく、「愛される」「認められる」といった社会的欲求も満たされることが生きる上で必要不可欠であるという意味である。マズローは欲求の段階を欲求五段階説として顕した。氏は低次の欲求が満たされると高次の欲求が顕在化してくると論じている。物が満たされている現代において、低次の欲求、つまり生存に関する欲求は満たされている場合が多い。よって現代では高次の欲求の顕在化の度合いが大きいと思われる。(私は消費者金融や親への依存から低次の欲求が簡単に満たされる事が依存人口増大の原因ではないかと思っている。)
ではその高次の欲求がどうしてネットゲームに繋がるかを考えてみよう。前述の通り、多くの人間が程度の違いこそあれ「愛されたい」「認められたい」「尊敬されたい」と願っている。しかし、そうした理想とは裏腹に、大抵の人間は他人から尊敬されたり認められたりしているわけではない。そういった場合自分の理想と現実の間に矛盾が生じる。
フェスティンガーの著「認知的不協和の理論」によると、こうした現実<環境>と理想<認知>との矛盾<不協和>を人間は心理的に不快と感じこれを低減し、協和を獲得しようとする、とある。その低減の方法として人は以下の三通りがあるという。
�々堝阿亡悗垢詛�知的要素を変える(現実を変えて 現実=理想の協和を図る)
つまり、行動を変える事。理想的な人間になれるように
努力をしたりするのがこれにあたる
��環境に関する認知的要素を変える(理想を変えて 現実=理想の協和を図る)
考えを変える事。理想的な人間になんて
そう簡単にはなれないのだから諦めよう、という事。
��新しい認知要素を付加する(別の方法で協和を図る)
�，皚△盪遒澆覆ぁ△弔泙蠅詫�想的な人間になるような努力はしないが、
理想の人間像を諦められない人間はこの方法を試みることになる。
ここでは現実世界の代わりとしてネットゲームの世界が用いられる。
ネットゲームの世界=理想 として協和を図るのである。
ネットゲームの世界では簡単に理想的な自分を作ることができる。今まで怠けてきた人間が真面目と言い張っても誰も疑わないし、人に好かれ、尊敬されるようなオンライン人格を好きなように作ることが出来る。そして羨望されたり他人を打ち負かしたりするほどの強さは大抵時間を掛ければ簡単に手に入る。その容易さ、魅力などから�´△諒�法で認知的不協和の低減を図っていた人間も��の方法をとる場合がある。今まで普通の生活をしていた人間が依存症に陥る場合というのはこの様な場合ではないだろうか。
3、条件付け
依存症の人間がネットゲームに没頭し続けるのには勿論理由がある。前述(1、2)の原因により人はゲームという落とし穴にはまるのだが、落とし穴にはまったら普通の人はその穴から出るものである。しかし、依存症の人間ははまった落とし穴から出ることが出来ない。それはなぜだろうか。3、4で依存症の人間が穴にはまり続ける理由を考えていく。
ここではアメリカの行動心理学者、B.F.スキナーの研究課題である「オペラントの条件付け」に注目してみることにする。オペラントの条件付けに関しては実際の実験を見るのがわかりやすい。(*1)
実験の装置は図のようなものがあり、レバーを押すと餌が出る仕組みとなっている。この箱(スキナー箱)に動物を入れて観察すると、その動物は報酬(餌)が貰える行動を繰り返す傾向にあるという。この繰り返し行動(オペラント)は報酬(餌)がでる事(強化)で形成され、餌が長時間出なくなると次第に減少する(消去)。しかし報酬を与える間隔にある規則を与えると報酬が長時間与えられなくともこの繰り返し行動は消えることがなくなるのだという。その規則とは変動比率強化スケジュールと呼ばれるものである。これはレバーを押すことで報酬が出てくる回数は一定ではなく変化するという規則のことで、人がギャンブルを止められないのもこの規則が原因とされている。箱の中の動物は餌が出るまでレバーを何度も押す。そうしているうちにレバーを押さなくても餌が出ないという事にすっかり慣れてしまうのである。この変動比率強化スケジュールは他のスケジュールと違い反応休止(つまりレバーを押すのを止める)が無いとされている。オペラントの条件付けとネットゲームの関連に関しては「インターネットの心理学」(パトリシア・ウォレス著)に記述が載っている。その本によると、手ごわい敵を倒したりした時の高揚感、他人から賞賛される社会的報酬等、実世界ではあまり体験する事が出来ない魅力的な報酬がネットゲームの世界に存在していて、そのスケジュールの比率はギャンブル等の比率よりはるかに変動が大きいという。そして知恵あるソフト開発者は考え抜いた変動比率スケジュールを組み込んで人が長時間ゲームに居続ける様にするとある。例えば、最初のうちは簡単にレベルが上がるのも、オペラントが形成されやすく、消えにくい性質を利用していると思われる。(*2)
このようにネットゲームには人間の行動分析に基づいた法則が組み込まれており、これがゲーム依存症の人間が落とし穴から出られない原因となっている。
(*1)詳しく知りたい人の為に実際の用語を以下に解説する
オペラント行動とは環境的な刺激がなくとも有機体が自発的にする行動の事。
オペラント行動の出現頻度増大させるような環境の変化の事を強化という。
そしてオペラントとは一定の強度をもたらすオペラント行動の集まりである。
一定の強化によりオペラントが形成されその出現頻度の増大する事実がオペラント条件付けである。
つまり実験では
オペラント行動=レバーを押す
強化=報酬(餌)が出現する
オペラント=レバーを押すという行動の集まり
オペラント条件付け=餌が出ることによりオペラントが形成され、その行動を繰り返す事実のこと。
(*2)人を含む動物のオペラントの形成と消去の過程には共通の傾向があるとされる。
以下にその二つを示す。
�．�ペラントは、当該反応がたまたま自発され1回ないし、数回強化されると直ちに形成され、その後の反応出現頻度はほぼ一定である。
�⊂探遒硫當�は徐々に進行する。
(*1)(*2)ともに心理学研究法5 動物実験�機“�木冕 著より
4、葛藤、逃避
落とし穴のからくりは条件付けだけではない。落とし穴を注意深く観察すると、そこには葛藤、逃避という悪魔のサイクルが潜んでいる。
どんな人も常にゲームの中だけで生きているわけではない。必ず現実世界の自分に意識が行く時がある。そんな時にふと、現実の自分の姿を見て「ゲームをし続けたい」という気持ちと、逆に「このままではいけない。なんとかしなければ」という気持ちの間で葛藤が生じる事がある。健康な人間の場合、ここでゲーム世界の誘惑に勝利し、現実世界に戻っていくのである。だが依存症の人間の場合、自我の防御機制(人間は葛藤を避け、不安を起こさないようにする自我の防衛機制が備わっている)によりこの葛藤から逃避してしまう。逃避する先は勿論ネットゲームの世界である。しかし、暫くするとまた同じような葛藤状態に陥ってしまう。ネットゲームは時間を掛ければ掛けるほどゲーム内のキャラクターは成長し、逆に現実世界の自分はみすぼらしい物になっていく。葛藤→逃避のサイクルを繰り返していくうちに時間が経過し、ネットゲーム上の自分はどんどん魅力的になり、現実の自分とはかけ離れていく。現実とネトゲのギャップが大きくなっていき、それに伴って葛藤がひどくなり、以前にも増してゲームの世界に逃げ易くなってしまうのである。また「認知的不協和の理論」にはこう記してある。「認知的不協和を低減する圧力の強さは不協和の大きさの関数である」つまり、ゲーム世界で理想の自分を作っている人間にとって、ネトゲと現実のギャップが大きければ大きいほどゲーム世界に行き易いということである。
葛藤、逃避のサイクルが行われている人間はゲームをそれほど楽しいと感じることが出来ないが、ゲームを止めることができない。
�� 依存症の基準
依存症の基準、つまり健康な人間とそうでない人間の線引きをするためのボーダーは現在明示されていない。そこで今回はキンバリー・ヤングの著書「インターネット中毒」にあるインターネット中毒度テストで代用してみることにする。インターネットとネットゲームを直接結んでしまう事に疑問を抱く人もいるかもしれないが、インターネット依存症の人間がその時間の大半を他人とのコミュニケーション(同期的コミュニケーション環境)に使っているとされる点でネットゲームの依存症と一致している。よってそれほど誤差は生じないと思われる。実際に試してみたい場合は、静岡大学、大原研究室の「インターネット中毒度テスト」をやってみると良いだろう。「オンライン」や「インターネット」という単語を「ネットゲーム」に頭の中で置き換えてやってみてほしい。
また、この他にも依存症の重要な基準として以下を考えた。一つでもYESがある場合依存症を疑ったほうが良いと思われる。
１、最後にゲームにログインしなかった日を覚えていない。
２、ゲーム上の交友関係、キャラクターを消去した場合に自分には何も残らない。
�� ネットゲームは悪か
ここまで読むと、ネットゲームは恐ろしいもので非常に不健康なものと思ってしまう人もいるかもしれない。たしかにネットゲームはひきこもり、タイム・シンク(時間泥棒) 等の現象を引き起こしてしまう場合がある。しかし、ネットゲームはやり過ぎなければ十分プラスの側面もある。現実世界では無いような他人との一体感や冒険の数々はネットゲームだからこそ楽しめるものであろう。ネットゲームは悪ではないのだ。私はネットゲームはアルコールの様な物だと考えている。つまり量を間違えれば毒であるが、適量であれば薬になるという事だ。要は量を決める人間次第であるという事である。全ての人間が量を間違えることなくネットゲームを楽しむことが出来ればそれが一番だと思う。
�� 依存症から抜け出すには
言うまでも無いが依存症の人間はいち早くその状態から脱する事が望ましい。しかし、依存状態を抜け出すための方法を知らなくては何時まで経っても止めることは出来ない。ここでは依存から抜け出すためには何が必要かを考えることにする。
神経症や精神病の治療の条件には患者がその病気を自覚している事、というのがある。同じようにネトゲ依存症の人間も自分が依存状態であることを自覚している事が必要である。自分の状態を理解していなければ直すことは不可能だ。
さらに原因の究明も必要であろう。自分が何故依存状態に陥ってしまったのか、その原因を探り、根元を断ち切らなければならないだろう。その根元は外に探しても無意味である。ゲーム開発元やその管理会社はたしかに人を集めるために宣伝するし、人が熱中しやすいような変動比率強化スケジュールを組み込んでいる。しかしそれは単に企業努力である。同じゲームをしていても依存状態に陥る人、そうでない人が居るのだから問題はゲームをする自分自身の中にある。一度ゲームを止めて自分自身と向き合って見なければならないだろう。
そしてこれは必須ではないのだが、ネットゲームの代わりとなる物を見つけると良いだろう。ネットゲームに没頭しなくなっても結局やることが無くてまたゲームの世界に戻ってしまうのでは意味が無い。読書や絵画、映画をみたりするのも良い。とにかく何かの代替手段を考えておくことをオススメする。
最後に抜け出そうとする確固たる意思。止めたい止めたいと言っていても実際に行動に移さなければ意味が無い。
以上の様に「自覚」「原因の究明」「代替手段」「意思」が依存状態を断ち切るための材料であると考える。
この文章が依存状態を断ち切ろうと願う人の助けになれば幸いである。
�� 参考文献
インターネットの心理学 パトリシア・ウォレス 著
「ケータイ・ネット人間」の精神分析 小此木啓吾 著
認知的不協和の理論 フェスティンガー 著
心理学研究法5 動物実験�機 � 八木冕 著
現代の心理学 伊藤隆一、千田茂博、渡辺昭彦 著
岩波小事典 心理学
投稿者 kerberos : 02:15 PM
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